田中康雄(たなかやすお)
北海道
児童精神科医

フリーリーの活動は毒でもあり薬でもある、と僕は思っている。
もとより人生は重荷を背負って坂道を上るようなもの。
優しさだけの時間はない。
毒をもって毒を制す、というくらい、時に強い思いが噴出する。
それは、僕の経験では、生きてきた痛みの分身のようなものであり、
よくひとりで堪え忍んできたというくらいの思いである。

しばらくすると毒気が抜ける。
そこにあるのは雲の隙間から晴れ渡る暖かい光であり、希望である。

フリーリーは、支えであり、拠り所である、とも僕は思っている。
時々、自分の考えがどこかずれているのではないかと思うような錯覚に襲われる。
なんともうまくいかないと、僕は自分を疑いはじめる。
それでいいんじゃないかと、なんとなく受け止めてくれるような雰囲気、
少なくても責めないし、時に矢面に立ってくれる。
頼りがいがあるということはこういうことか、と思い安堵する。

フリーリーは、やさしく、つよく、あたたかく、そしてきびしいと、僕は感じている。

僕はフリーリーが大好きだ。
それは、嘘偽りがないからだ。

思うようにいかないとき、泣きたくなるほど辛くなるとき、人生にはいろいろある。
でも、フリーリーはいっしょに泣いて、いっしょに怒り、いっしょに歩んでくれる。
あまりにも嘘偽りがないから、いっしょにいて、うれしいし、つらい。
でも、心から応援しています。

子どもたちには、親たちには、社会には、こんな純粋な活動が有り続けるべきだと、心底思う。
応援しています。